平安京がつくられる前の京都の地は、そこここに池や沼のひろがる湿地帯だったそうです。北に山、東に川、西に道、南に池(今はもう埋め立てられている巨椋池)を配していることから(四神相応:しじんそうおう)風水的にみて、都に最適な地として遷都が進められたのです。
そして具体的に都を形作るにあたって、やはり風水的に要になるところがこの神泉苑でした。もとからあった大きな池を利用して、天皇をはじめとする特権階級のための庭園を平安京大内裏の南東につくったのですが、大地のエネルギーが都に充満するようにという意味もあったのです。家康が二条城を建てたときに大きく削られたのと江戸時代の民家造営で削られたのとで、今はもとの20分の1の大きさになってしまっています。
かんばつ時に雨乞い祈願が行われていた場所でもあり、東寺の弘法大師空海と西寺の守敏が雨乞いの祈祷で対決したという話が有名です。この時勝ったのは空海で、東寺はますます栄え、負けた守敏の西寺は衰退していきました。多くの霊を鎮める御霊会(ごりょうえ)が行われた場所でもあります。
現在の神泉苑は、雨を司る神『善女竜王』をまつった社、その年の恵方に向けて回転する『恵方社』、なぜか「なまず」の瓦のついている『弁天堂』、弘法大師をまつった本堂、願い事をひとつ念じて渡れば願いがかなうという『法成橋』、ごい鷺の棲みついている『中島』など、小さいながらも故事来歴に彩られた見所の多い場所です。
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![]() 歳徳神(さいとくじん) 恵方(その年の幸運の方角)を礼拝する社 |
![]() 善女龍王社 |
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![]() 「増運弁財天」の眷属神としての 鯰(なまず) |
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![]() 中島 浮かんでいて少しずつ移動すると昔から言い伝えられています。 |
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私は昔から水鳥が好きで、動物園の水鳥苑の前でボーっとするのが好き。なかでも『ごい鷺』が特に好きだったのです。そのごい鷺、漢字にすると『五位鷺』で、その由来もここ神泉苑にあると知って驚きました。醍醐天皇が神泉苑に行幸されたとき、鷺が天皇にひれ伏して、それに感心された天皇がこの鷺に「五位」の位を与え、そこから五位鷺の名がついたということです。それ以来なのかいつからなのかわかりませんが、この神泉苑の「中島」には10羽ほどの五位鷺が棲んでいます。
2003年12月5,6日撮影
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